講師プロフィール


チョークアート教室 Y's color

講師 早川 由香利 

1970年5月生まれ

旦那さま、息子(社会人)の3人家族

 ダンナさまと日本中の秘湯を巡るのが趣味♪

九州も東北も出来る限り車で周り、

車中泊も有り。その日の予定をその日に組む、

という行き当たりばったりな旅を楽しんでます。

弱いくせにお酒好き♪ 

ダンナさまとのお家晩酌も毎日の楽しみ(*^^*)

 

はじめまして。

チョークアートコーチ 早川由香利です。

同じ想いを持った仲間が集まってくれることを願って

今回、プロフィールを書き直しました。

 

 

私は現在チョークアート教室を地元三重県四日市を中心に

名古屋、大阪、でも定期的に教室を開催しています。

 

毎月の通学制「通常クラス」の他に、距離と時間の問題を飛び越え

個々の目標、悩みに特化した

「チョークアートコーチングレッスン」を開発し、

人数限定の個別ウェブレッスンもしています。

 

どちらのクラスも「絵を描くこと」の基本に重きをおき、

チョークアートを通して夢を叶えるための教室です。

 

 

今でこそ「仕事」として成り立つようにはなりましたが、
最初のうちは生徒さんも集まらず、それはまあひどいもんでした(^▽^;)

 


当初は 画力も経験もないのに、

「お免状がもらえたら教室が出来る!」
「今の仕事も辞めて「好き」なことを仕事にするんだ!」

なんて、ふわふわキラキラしたハッピーな夢に溺れてました…

そう、舐めてましたね。完全に(;´∀`)


もともと絵は好きでしたが、
美大はおろか 美術部にすら所属したこともありません。

描くことに対して[ど]素人だったにも関わらず、
なぜチョークアートを始めたか、
なぜ講師にまでなろうと思ったかというと...

 

 

私には夢がありました。

 

「息子と旦那さんを幸せにする」という夢です。

 

 

突然ですが、実は私、バツ1です。
息子がまだ1歳半の時に離婚しています。

 

その頃続けていた仕事は看護師で、
皆さまご存知の通り、とてもハードな仕事でした。

 

朝から晩までほぼ座れず、休み時間もあってないようなもので、
毎日が緊張と緊急の連続のような仕事でした。

そして、追い打ちをかけるように あまりよろしくない人間関係…(ToT)

 

それでもそれなりのお給料をいただける仕事なので、
ひとりで生活を支えていくためには
辞めるわけにはいかない。と必死に働いていた時期でした。

 


息子が中学2年生になった年、今の旦那さんと再婚しました。
お花見やバーベキュー、スノボなどで毎回 集まる仲間がいて、
その仲間のひとりだった彼とくっつくことがきました(*^^*)

 

皆で集まる時は息子も必ず一緒にいたので、
私より息子のほうが 男同士で気が合っているようでした。

 

そんなこんなで支えてくれる人がやっとできたワケなのだけど、
家族を支えるしんどさが身に染みて分かっていた私は、

「旦那さんに全て甘えるわけにはいかない!」

と、再婚後もフルで仕事を続けていました。


しかし、毎日仕事でへろへろになって 夕方に買い物をして帰り、
へろへろになりながらご飯の支度、へろへろになりながら片付け、
へろへろなまま洗濯して お風呂の準備…
めいっぱいへろへろな体をやっとベットに沈み込ませたと思ったら、
あっという間にまた無常な朝がくる。。。

そんな毎日の繰り返しでした。

 

支えてくれる人が出来た分、自分も甘えが出ていたのでしょう、
イライラして旦那さんに八つ当たりしてしまうことも多々ありました(T_T)

それでも、気が長く優しい人種の旦那さんと息子なので
ケンカになるようなこともなく、
結局いつもふたりに助けてられてる日々でした。

 

そんなある日、ふと思ったのです。

「私のストレスが大好きなふたりのストレスになっている」

 

いつも笑顔で家族の帰りを迎えたい。

そう思っているはずなのに、なんだかいつもピリピリしてる自分。


温泉みたいに優しくてあったかい旦那さんを 今度は私が癒してあげたいのに。。。
いろいろ笑わせて元気づけてくれる息子のちゃんとした支えになりたいのに。。。
現実的なお金の問題も、旦那さんだけに背負わせたくない。。。

 

「収入を得ながら、笑顔で家族を迎えられる仕事をしたい」

 

何かいい方法はないものか。。。と考えを巡らせていた時、
チョークアートの存在を知りました。

「これだ!!」

と、直感的に思いました。


「コースさえ終了すれば資格がもらえそう」
「絵は昔から好きだし、まだ教室の数も少なそうだな」
「これくらいの絵なら私にも描けそう。。。やれるんじゃない?」


そう思った私は、さっそく教室を調べ、体験もそこそこに
プロを目指す、講師を目指すことを決めていました。

 

それからは看護師の仕事をしながら、

「家族を毎日笑顔で迎える。家族を幸せにする」

という夢を叶えるために必死で教室に通いました。


いろいろと思うところありな教室でしたが、
(この辺りはまた追々お話しますが(^▽^;)
その時は夢のためだ、と目をつぶり、ふたつの教室を経て
数年後に念願の「講師」になることができました。

 

「これで好きを仕事にできるんだ」
「大好きな家族をいつも笑顔で迎えてあげられる」


先のことを考えるともう嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。

 

が、

そんな嬉々とした時間はすぐに消えてしまいます。
待っていたのは厳しい現実でした。


「生徒さんが集まらない…」

 

場所を借りて、チラシを作り、慣れないながらもホームページを作り、
イベントに出店し、市内の団地にポスティングもしました。

それでも思うように生徒さんは集まりません。

 

「これじゃまた しんどい看護師に逆戻りだ。。。」

「こんな実力じゃ生徒さんは来てくれないんだ」
「私は美大も行ってないし、やっぱり無理なのかもしれない…」


「どうやったら上手くなれるの?」
「どうしたらあの人みたいなステキな絵が描けるの?」

 

落ち込みながらも、

「〇十万とレッスンに投資したのに、このまま諦めるワケにはいかない!」
「数をこなすことで上達するはず!」

 

と信じ、必死に練習しました。

 

が、数をこなすうちになんとなく塗れてはきているものの、
どうにも「素人感が抜けない絵」ばかりになってました。

 

「どうして私は「描けない」のか?」
「才能がないヤツは努力しても無駄なのか?」

 

 

「何かが違うんだ」


ただやみくもに描くだけの練習方法では上達しない。
ふたつの教室では教えてもらえなかった、
「絵の素人でも上達できる何かが」あるはず!

 

と ただ描くだけ、の練習をやめて
「描けない人間が描けるようになるために 何が必要なのか?」
を探りました。

 

いろんな本を読み、「絵」に関する情報を集めているうち、
ふと、とてもシンプルな答えに行きつきました。

 

「基礎を飛び越えてしまっていた」

 

なんだかシンプルすぎて、自分でも拍子抜けしてしまいました。

塗る技術を極めようとする前に、鉛筆で描く技術が必要だということを

遅ればせながら、ここで気づきました。

 

絵の基礎をご存知の方々には当たり前の話。

でも、基礎を知らずに絵の世界に入ったものには、

何となく分かってはいたものの、それを具体的に自分に

落とし込むことは至難の業でした。

 

「基礎は最初に教えてもらっている」

 

そう思い込んでいたんですね。

絵を描くための基礎。

この重要性をチョークアートの業界ではかなり省略されている、

という事実と、自分が目指しているものの違いに気づきました。

 


人を羨んでは自分の欠点ばかりに目がいってがむしゃらになっていた時には
「塗る」ことに重きを置いて気づけなかった。

 

ここからしばらくはパステルより鉛筆での表現について勉強し、
デッサン教室にも通いながら、

どうしたらこの技術をチョークアートに活かすことができるか、

絵の経験のない人にも手軽に理解できるようにはどうするべきか、

常に考えながら描いてました。


そんな日々を送りながら「絵を描く」という根本の部分が分かってきた頃、
パステルでの「塗り」にも変化が出てきていました。

「お行儀の良い、個性のない絵」しか描けないと画力のなさに
落ち込んでいた私ですが、この頃から


「先生の絵は優しい感じがする。他のチョークアートとは違う」


そう言って来てくれる生徒さんが、増えてきました。
しかも、神戸や大阪、滋賀、静岡や長野県などの遠方からも、
三重の片田舎の教室にまで わざわざやって来てくれるようになっていました。


いつの間にか自分独自の描き方が出来ていることに気づき、


「そうか、これが私だけの ”味”なんだ」

と、やっと自分の描き方に自信がもてるようになりました。

 

それからはこれまで自分がやってきた練習法を、
どうすれば もっと簡単に、もっと簡潔に伝えられるか、
が新たな課題となり、日々レッスンをこなすうちに

 

「描けない人でも自信を持って描けるようになる」
Y's color独自のチョークアートメソッドが完成しました。


そして、同時に「教室の在り方」や「自分のやりたい教室」
というものが確立し、教室の芯になるものが出来上がりました。


「私は私の絵を教える」

「私の絵が好きだと言ってくれる生徒さんに、
 私の描き方の全てを出し惜しみせず伝える」

「描けなくて悩んでる人を 今の私なら助けられる!」

 

描けなかった私だからこそ描けない人の気持ちが痛いほど分かる。

描けてる人には描けて当たり前の部分を、
描けない人の立ち位置からの目線で教えてあげられる。

 

それはちゃんとした絵の基礎を知っている人からみたら
反則的な教え方かも知れないけれど、
チョークアートで悩んでいる人にとっては 時短の救世主的なものになるはず。

 

誰も教えてくれなかった部分。
描けなかった私がどうしても知りたかった部分。


あの頃の私と同じように悩んで進めずにいる生徒さんに
「描ける!」という自信を持たせてあげたい。

誰かの夢を叶えることがチョークアートで出来るんだ!


叶うならば同じ想いを持って講師になってくれる人を育てたい。
「生徒さんを育てる」ということ、「人の夢を叶える」ということに

努力し、真剣に取り組める先生を。

 

 

 

「誰にでも簡単に描ける。プロに講師になれる」

 

なんて美味しそうなことを私は言いません。
ブログにも、ホームページにも決して書かない。

 

描けない人からしたら「描く」ことは決して簡単なことではない。
描ける人でさえも、描けない人に教えることは容易なことではない。

 

安易な教え方ではその人の夢を壊してしまうことになる。

 

これから始めようと思っている人にとって、

目の前のハシゴがどんな場所にかかっているのか、地上からは見えません。

必死に登ったそのハシゴの頂上が思っていたものと違っては
高額な受講料と何年もの時間を、ただ奪ってしまうだけになる。
その人が何を望むのか、によってハシゴの長さも角度も皆それぞれ違うはずです。

それぞれの夢や目標に合ったハシゴを登らせてあげることが

「講師」としての責任であり、目標です。

 

講師になるには「努力」と「責任」がいる。

少し厳しいハシゴを覚悟している人にこそプロに、講師になってほしい。
私は全力でその生徒さんの夢が叶うよう、支えていく。

 

 


私は自分で厳しいハシゴをかけ直しました。
それを登り切ったおかげで、今はチョークアート講師として
それなりの収入を得ることが出来ています。

現実的なお金の問題を旦那さんだけに負わすこともなく、
自分の都合で好きな時間に、好きな場所で教室をすることが出来、
毎日の疲れからのストレスもなくなり、
願っていた「家族を毎日笑顔で迎える」状態になれました。

 

私にとってチョークアートは夢を叶えるための手段、道具です。

 

「家族や大切な人を幸せにしたい」

 

 

チョークアートでまずは自分の夢を叶える。
自分の器が空っぽなままでは 誰かの器を満たすことなんて出来ません。
自分の器が満たせたら、次は自然に人に与えたくなります。


今の自分ならそれが出来る。と自然に思えるようになります。

描けるようになったら、次は誰かにその技を伝えてあげる。


「自分も人も幸せにする チョークアートで幸せの連鎖」


それが次に叶えたいと思っている私の夢です(*^^*)

少しずつですが、そんな想いが伝わっていってるようで、
共感してくれる生徒さんが来てくれてます。


ひとりひとりと向き合ってのレッスンは、
正直 大変(^^;)…ということもしばしばありますが、

それでも、生徒さんが腑に落ちた時のあの閃きの顏を思い出すと
まるでご褒美をもらえたような そんな気持ちになれます。


ゆっくりでも着実に夢に向かってるんだな、と日々実感してます(*^-^*)

これからも、焦らず慌てず、自分のやり方でやりたい教室をやっていく。
同じ想いを持った生徒さんを責任を持って育てる。

そんな想いで今教室を続けています(*^^*)

 

 

 

「自分も人も幸せにする チョークアートで幸せの連鎖」

この夢が少しでも広がっていくように、
今 描けずに立ち止まっている人たちが少しでも前に進めるように、

コラムではちょっとしたお役立ちネタやアドバイスを
書いていこうと思っているので、
末永くお付き合いしていただけたなら幸せです(*^^*)


長々とした自己紹介を最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

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